ぼくらの 6巻 ネタバレ感想あらすじ コモ編 世界は限りなく残酷だ。でも美しい。

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「ぼくらの」6巻を読んだので、感想を書いていこうと思います。

5巻で「僕は戦えないかもしれない……」と、みんなに告げたキリエ。

この巻で、最も印象に残ったシーンといえば、もちろん田中さんとキリエが問答するシーン。

「対戦相手にも、自分と同じように家族や仲間がいる。だから、生き残るためとはいえ、そんな人たちを殺すなんてできない」と主張するキリエ。

そんなキリエに対して、「私たちは生まれながらにして、生命に対して業と責任を負っているの」「あなたは好むと好まざるとにかかわらず、もうすでに生命の犠牲の上にある。」と説く田中。

キリエの言いたいことも分かります。

自分と赤の他人の命を、対等と考えてしまうキリエ。

しかし、その尊い考え方もこのゲームを行う上では足枷にしかならない。

田中さんはキリエに言います。

「自分が犠牲にした生命のために、懸命に生きなさい」と。

僕ならどうするかなー。

人殺しはイヤだけど、向こうもこっちを殺る気マンマンで来るんですから、嫌々ながらも戦うかなー。

キリエは自分は殺すのがイヤだから、相手に殺される方がイイという考えのようで。

しかし、自分がまけてしまえば、大好きないとこのカズちゃんも死んでしまう。

悩んだ挙句に、キリエがとった行動は意外なものでした。

戦闘前に相手の前に姿を現す……。

「自分が殺す相手の姿くらい、知っていてほしいから……」

と、いうのが理由です。

この「姿を見せる」という行為によって、対戦相手をただの「対戦相手」ではなく「一個の個人」として認識しようとしたのですね。

「ぼくらの」って、暗い漫画だと言われているけれども、ただ暗いだけじゃなく、名作といわれているのは、こういう風に、生命の尊さを訴える側面があるからこそ、名作といわれているんですよね。

しかし、キリエの対戦相手のパイロットの娘、僕好みの眼鏡っ娘でした^^

僕、眼鏡をした女の娘が好きなんですよね。

次のパイロットはコモ(古茂田 孝美)。

軍人の父親を持つコモ。

しかし、父親には似ず、ピアノが趣味というコモ。

どちらかといえば、受動的で、家にいることを好む少女。

彼女はピアノ教室の先生に言われる。

「自然学校か帰ってきてから、音が変わった」

死を決意した瞬間、今まで漫然と捉えてきた世界が変わった。

「世界はこんなに美しい」

「世界はこんなに素晴らしい」

「おそらく、たとえ私が傷つけられても」

ついにコモの戦う日がやってくる。

相手はオーソドックスな人間型。

「人間型は突飛な攻撃はしてこない」

というカンジのアドバイスに従い、慎重に戦うコモ。

追い詰めた、と思ったその瞬間に、敵の奇策が発動し……。

思うんですけど、「ぼくらの」の戦闘って、結構危なっかしい戦いが多いですよね。

今回のコモの戦いも、相手が逃げ出してくれなきゃ100%負けていたし、モジの戦闘も、あと一歩で負けていたし。

ジアースって基本性能はいいんですけど、パイロットたちの経験不足から苦戦に陥っているっていう印象ですね。

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